戦国時代から江戸にかけて始まった大規模な干拓工事が昭和へと進むにつれ、干拓地の農業用水不足が顕著になりました。
このため、干拓地の用水不足を解決する抜本的な対策として、児島湾の一部を締め切り
内水面を淡水湖化することで新旧干拓地に農業用水を供給する「児島湖」となりました。